交通事故の脊髄損傷の慰謝料と損害賠償について
交通事故の脊髄損傷の慰謝料と損害賠償について
脊髄は、脳から全身に発せられる命令や、逆に全身から脳への感覚信号を仲介する非常に重要な役割を担っています。
交通事故により脊髄を損傷すると、これらの仲介を果たせなくなるため、身体の様々な機能が停止又は不全となり、日常生活を送る上で深刻な支障をきたすことがあります。
本記事では、脊髄損傷に起因する症状で後遺障害認定を受ける必要が生じてしまった場合に備え、被害者の方やそのご家族が知っておくべき慰謝料や損害賠償の知識を解説します。
脊髄損傷とは
「脊髄」は、脳の底部から腰の下部まで伸びる太い紐状の神経で、背骨の中を通る脊柱管というトンネルの中で保護されるような形で存在しています。脳と同じく中枢神経としての性質を有し、全身に指令を送る神経系統の中心としての役割を担っています。
脊髄損傷とは、脊髄が何らかの外力により損傷してしまうことです。神経系統の中心が損傷してしまうことで、全身への指示出しに障害をきたし、結果として様々な支障を生じさせます。なお、中枢神経は一度損傷してしまうと現代医学では完全に再生させることはできません。
ちなみに脊髄損傷は毎年約5千人が国内で新たに生まれていると言われていますが、そのうちの約4割は交通事故が原因によるものです。
完全損傷
脊髄損傷は損傷の程度によって「完全損傷」と「不完全損傷」に分類されます。完全損傷とは脊髄が横断的に離断することです。この完全損傷になると、全身が「動かない、感じない」という状態になります。
あらゆる身体機能は、脳を起点とし脊髄を介して全身に発せられる命令により作動します。そのため、脊髄損傷によって離断された部位より下には、その命令が伝達されないこととなり、結果として運動機能が失われます。また、逆に身体の末端からの信号を脳に伝達することができなくなるため、例えば「痛み」等を感じなくなります。。
ただし、実際には完全な無感覚となるわけではなく、疼痛や異常感覚に悩まされるケースは少なくありません。
不完全損傷
「不完全損傷」は脊髄の一部が損傷した状態のことです。そのため、一部の機能は残存します。残存する機能は損傷の程度によって異なりますが、ある程度の運動機能を残すものから多少の感覚機能のみ残すものまで様々です。
また、損傷位置によっても差異が生じます。頚髄の場合、中心部には上半身を司る神経が集まり、外側部には下半身を司る神経が集まる構造となっているため、例えば中心部を損傷すれば機能障害・感覚障害は上肢に発現することになります。
不完全損傷の場合、一見すると軽傷に見えやすいことや、画像上の異常所見が確認しづらいことも相まって、等級認定が難航してしまうケースが多く見受けられます。
交通事故の脊髄損傷の主な症状
交通事故の脊髄損傷に起因する症状には主として以下のものがあります。
- ①麻痺
- ②膀胱直腸障害
- ③自律神経障害
四肢が動かせない又は動かし難い等の「運動麻痺」や、触覚・痛覚・温度感覚の低下・喪失等「感覚障害」が脊髄損傷における症状の中心です。基本的に損傷位置より下の部位に麻痺が生じます。なお、頚髄の高い位置を損傷してしまうと、四肢だけでなく呼吸筋に麻痺を生じてしまうことがあり、この場合は自力での呼吸が困難となり人工呼吸器の常用を強いられてしまいます。
尿意や便意が感じられない、自力では排出できない、又は尿が少し溜まっただけで膀胱が過剰に反応してしまう等により排尿や排便に支障を生じる病態です。
自律神経が過緊張反射を起こすことで高血圧や頭痛、徐脈、損傷位置より上部の発汗等、様々な症状を呈することがあります。
脊髄損傷の3段階の麻痺
脊髄損傷における麻痺の程度は、認定要件上、「高度」「中等度」「軽度」の3段階に分類されます。
【高度の麻痺】
障害のある上肢又は下肢の運動性・支持性がほとんど失われ、障害のある上肢又は下肢の基本動作(下肢においては歩行や立位、上肢においては物を持ち上げて移動させること)ができないものをいう。
具体的には、以下のものをいう。
- (ⅰ)完全強直又はこれに近い状態にあるもの
- (ⅱ)上肢においては、三大関節及び5つの手指のいずれの関節も自動運動によっては可動させることができないもの又はこれに近い状態にあるもの
- (ⅲ)下肢においては、三大関節のいずれも自動運動によっては可動させることができないもの又はこれに近い状態にあるもの
- (ⅳ)上肢においては、随意運動の顕著な障害により、障害を残した一上肢では物を持ち上げて移動させることができないもの
- (ⅴ)下肢においては、随意運動の顕著な障害により一下肢の支持性及び随意的な運動性をほとんど失ったもの
【中等度の麻痺】
障害のある上肢又は下肢の運動性・支持性が相当程度失われ、障害のある上肢又は下肢の基本動作にかなりの制限があるものをいう。
たとえば、次のようなものがある。
- (ⅰ)上肢においては、障害を残した一上肢では仕事に必要な軽量の物(概ね500g)を持ち上げることができないもの又は障害を残した一上肢では文字を書くことができないもの
- (ⅱ)下肢においては、障害を残した一下肢を有するため杖若しくは硬性装具なしには階段を上ることができないもの又は障害を残した両下肢を有するため杖若しくは硬性装具なしには歩行が困難であること。
【軽度の麻痺】
障害のある上肢又は下肢の運動性・支持性が多少失われており、障害のある上肢又は下肢の基本動作を行う際の巧緻性及び速度が相当程度損なわれているものをいう。
たとえば、次のようなものがある。
(ⅰ)上肢においては、障害を残した一上肢では文字を書くことに困難を伴うもの
(ⅱ)下肢においては、日常生活は概ね独歩であるが、障害を残した一下肢を有するため不安定で転倒しやすく、速度も遅いもの又は障害を残した両下肢を有するため杖若しくは硬性装具なしには階段を上ることができないもの
【参考】:『労災補償 障害認定必携(第16版)』一般財団法人労災サポートセンター発行/2016年3月16日発行
脊髄損傷で受けられる賠償項目
脊髄損傷で受けられる賠償項目には以下があります。
【傷害部分】
- ①治療関係費
- ②通院交通費
- ③休業損害
- ④入通院慰謝料
診察やリハビリに要した治療費のほか、歩行困難で車椅子を要した場合の費用等も請求できる場合があります。
公共交通機関の利用料や自家用車のガソリン代、場合によってはタクシー代が認められる可能性もあります。
給与所得者のほか、家事従事者や自営業者も請求できる場合があります。
弁護士が介入した場合、「赤い本」の基準に則って請求します。
【後遺障害部分】
- ⑤逸失利益
- ⑥後遺障害慰謝料
被害者の交通事故受傷前における基礎収入をベースに,後遺障害を負ったことでどれだけ労働能力が落ちたか(労働能力喪失率),及び今後何年間に亘り労働能力が低下した状態が続くか(労働能力喪失期間)を掛け合わせることで算出されます。
弁護士が介入した場合、「赤い本」の基準に則って請求します。
脊髄損傷の後遺障害認定の基準
脊髄損傷の後遺障害認定の基準は以下のようになります。
等級 | 内容 |
---|---|
別表第一第1級1号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,常に介護を要するもの ⇒脊髄症状のため,生命維持に必要な身のまわり処理の動作について,常に他人の介護を要するもの ⇒①高度の四肢麻痺が認められるもの、②高度の対麻痺が認められるもの、③中等度の四肢麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について常時介護を要するもの、④中等度の対麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について常時介護を要するもの。 |
別表第一第2級1号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,随時介護を要するもの ⇒脊髄症状のため,生命維持に必要な身の回り処理の動作について,随意介護を要するもの ⇒①中等度の四肢麻痺が認められるもの、②軽度の四肢麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について随時介護を要するもの、③中等度の対麻痺であって、食事・入浴・用便・更衣等について随時介護を要するもの。 |
別表第二第3級3号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,終身労務に服することができないもの ⇒生命維持に必要な身の回り処理の動作は可能であるが,脊髄症状のため,労務に服することができないもの ⇒①軽度の四肢麻痺が認められるもの(別表第一第2級に該当するものを除く)、②中等度の対麻痺が認められるもの(別表第一第1級又は別表第一第2級に該当するものを除く)。 |
別表第二第5級2号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの⇒脊髄症状のため,きわめて軽易な労務のほか服することができないもの ⇒①軽度の対麻痺が認められるもの、②1下肢の高度の単麻痺が認められるもの。 |
別表第二第7級4号 | 神経系統の機能又は精神に障害を残し,軽易な労務以外の労務に服することができないもの ⇒脊髄症状のため,軽易な労務以外には服することができないもの ⇒1下肢の中等度の単麻痺が認められるもの。 |
別表第二第9級10号 | 神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの ⇒通常の労務に服することはできるが,脊髄症状のため,就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの ⇒1下肢の軽度の単麻痺が認められるもの。 |
別表第二第12級13号 | 局部に頑固な神経症状を残すもの ⇒通常の労務に服することはできるが,脊髄症状のため,多少の障害を残すもの ⇒①運動性、支持性、巧緻性及び速度についての支障がほとんど認められない程度の軽微な麻痺を残すもの、②運動障害は認められないものの、広範囲にわたる感覚障害が認められるもの。 |
脊髄損傷の慰謝料と逸失利益
各等級における後遺障害慰謝料及び労働能力喪失率は次のとおりです。
等級 | 後遺障害慰謝料(自賠責基準) | 後遺障害慰謝料(裁判基準) | 労働能力喪失率 |
---|---|---|---|
別表第一第1級1号 | 1600万円 | 2800万円 | 100% |
別表第一第2級1号 | 1163万円 | 2370万円 | 100% |
別表第二第3級3号 | 829万円 | 1990万円 | 100% |
別表第二第5級2号 | 599万円 | 1400万円 | 79% |
別表第二第7級4号 | 409万円 | 1000万円 | 56% |
別表第二第9級10号 | 245万円 | 690万円 | 35% |
別表第二第12級13号 | 93万円 | 290万円 | 14% |
また、逸失利益は次の計算式により算定します。
逸失利益=基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
なお、労働能力喪失期間は、症状固定日から、実務上、就労可能年数の終期とされる「67歳」までの間の年数を計上します。
脊髄損傷の等級を認定するために必要なこと
脊髄損傷の等級認定のためには、まず等級申請の際には「脊髄症状判定用」という専用書式を医師に作成してもらい、審査機関に脊髄症状の程度を主張します。この書類では、「肩や肘の筋力」、「手指や下肢の運動機能」、「上下肢の知覚」、「膀胱機能」の低下の実態が確認されます。
また、脊髄症状判定用に記載された内容の信憑性を高めるため、「画像所見」及び「神経学的検査所見」が重要となります。以下、各検査について説明します。
MRI・CTによる画像診断
脊髄損傷の画像診断にはMRI及びCTが有効です。CTはX線検査の一種です。コンピュータを駆使することで立体的な画像を撮影することができます。特に骨や石灰化等の描出に優れているため、脊髄損傷においては、椎骨の損傷を確認するのに有効です。
MRIは、身体を構成する元素に磁石と電磁波の影響を与え、それにより生ずる磁場の違いを解析し画像化します。特に軟部組織のコントラスト分解能に優れているため、脊髄損傷の病態把握に優れています。
MRIの撮影方法は、T1強調画像(脂肪組織が白く写る。身体の解剖学的構造が見やすい。)、T2強調画像(脂肪組織だけでなく、水や腫瘍等も白く写る。病変の存在を知るのに有効。)等がありますが、脊髄損傷の等級審査過程では、早い段階でT2強調画像による輝度変化を確認できることが重要です。
神経学的検査
「神経学的所見の推移について」という書式にて、各神経学的検査の結果を主張します。特に次の検査結果が出た場合は、脊髄症状と整合性のある重要な所見です。
- ①深部腱反射:亢進
- ②病的反射:ホフマン反射、トレムナー反射、ワルテンベルク反射における病的反射
- ③徒手筋力テスト(MMT):筋力低下
上記が認定基準に合致する検査結果ですが、いずれの検査も医師が手技により行う検査のため、その技量により結果に差異が生じることがあります。
実務上、画像における異常所見が明確な場合は、神経学的検査所見の整合性については判断が甘い印象です。一方、中心性頚髄損傷等、画像上の異常が不鮮明な不完全損傷については、神経学的検査所見は厳しく見られます。
電気生理学的検査
脊髄損傷が画像検査で確認しづらい不完全損傷の場合、補足的に電気生理学的検査の結果を資料として提出する方法も考えられます。例えば以下のものがあります。
- ①体性感覚誘発電位(SEP)検査
- ②運動誘発電位(MEP)検査
- ③筋電図検査
上肢又は下肢に電気刺激を与え、末梢神経~脊髄~脳に至る神経機能の障害を調べる検査です。
脳を磁気で刺激し、脳~脊髄~末梢神経に至る神経機能の障害を調べる検査です。
筋肉に細い針状の電極を刺し、筋肉における電気的活動を記録します。筋力の低下が神経の障害に起因するのか、筋肉自体の障害なのかを調べることができます。なお、この検査は、針を刺された状態で筋肉を動かすものなので痛みを伴います。
脊髄損傷でお困りの被害者の方に弁護士ができること
交通事故で脊髄損傷を負ってしまった場合、将来的な後遺障害の等級申請に備え、事故直後から準備をする必要があります。脊髄損傷の症状は多岐にわたりますので、それぞれの症状の特質をよく理解し、適切な診療科での治療や検査を受けなければなりません。
弁護士法人オールイズワンでは、事故直後から症状固定までの間、時期ごとに必要となる検査のアドバイスを行い、被害者の方が安心して治療に専念できるようフォローします。
特にMRIやCT等の画像所見については、当法人の顧問医からセカンドオピニオンを取り付けることも可能です。症状固定の前後には、カルテの分析を踏まえた後遺障害診断時の被害者本人、主治医の双方へのアドバイスや、主治医との面談等万全の準備を行い、後遺障害の等級申請を行っていきます。
さらに、その後の示談交渉における裁判基準での解決、場合によっては訴訟での解決まで、顧問医や主治医との連携のもと全面的にバックアップすることができます。
まとめ
今回は、交通事故における脊髄損傷について等級認定を受けるためのポイントを解説しました。脊髄損傷を負ってしまうと、四肢の麻痺や排尿障害等が生じますが、いずれも脳の認知機能には何らの問題もないだけにとても辛い思いを強いられます。
労働能力の低下や日常生活の支障に備えるため、しっかりとした賠償を受けなければなりません。弁護士法人オールイズワンは、交通事故により脊髄損傷を負った被害者を数多くサポートしてまいりました。後遺障害に強い当事務所までお気軽にご相談ください。