交通事故(高次脳機能障害、遷延性意識障害)で成年後見が必要になるケースと成年後見人の役割について
交通事故に遭った被害者は、事故の影響で意識が戻らなかったり、意識はあっても判断能力が低下したりと、後遺症により日常生活を送ることが困難になるケースがあります。
そのような時に利用できる制度が成年後見です。成年後見制度は、判断能力に影響がみられる被害者の権利を守るためのものであり、成年後見人として選ばれた人は被害者の財産管理や契約の締結を本人の代わりに行います。
交通事故では「高次脳機能障害」「遷延性意識障害」の被害者の多くの方が利用されています。
この記事では、成年後見制度の概要を説明するとともに、交通事故の後遺症で成年後見が必要になるケースや成年後見人の役割について解説していきます。
成年後見制度とは
成年後見制度とは、認知症や精神障害などで物事を判断する能力が低下した方について、本人の権利を守るために法律的な支援を行なっていく制度です。
交通事故の影響で本人に判断能力がない場合、財産管理や契約の締結などを適切におこなえません。成年後見人に選ばれた人は、こうした法律行為を本人の代わりに行なっていきます。
成年後見制度の種類
成年後見制度には、将来的に判断能力が低下する前に後見人を決めておく「任意後見制度」、判断能力が不十分になってから後見人を決める「法定後見制度」の2種類があります。
交通事故によって判断能力に影響が出た場合は、法定後見制度を利用していくことになります。法定後見制度は対象となる人の症状によって、さらに「後見」「保佐」「補助」の3種類に分けられます。
後見 | 補佐 | 補助 | |
---|---|---|---|
対象となる人 | 判断能力がまったくない人 | 判断能力が著しく不十分な人 | 判断能力が不十分な人 |
成年後見人に選ばれる人
成年後見人は、家庭裁判所によって最も適任だとみなされる人が選任されます。申し立てをする親族が第一の候補者となりますが、必ずしも親族が成年後見人に選ばれるとは限りません。
親族に適任者はいないとみなされた場合は、第三者である弁護士や社会福祉士が選任されるケースもあります。
また、過去に被害者本人に対して訴訟を起こした場合、成年後見人を辞めさせられた経験がある場合など、一定の事由がある人に関しては成年後見人を務めることはできません。
交通事故のケガで成年後見が必要になるケース
高次脳機能障害
高次脳機能障害とは、脳の一部の損傷により、言語・思考・記憶・行為・学習・注意などの知的な機能に障害が残った状態のことです。
交通事故では、頭部に強い衝撃を受けた場合に高次脳機能障害を発症することがあります。バイクや自転車に乗車中の事故、歩行中の事故、自動車に乗車中でもシートベルトを装用していなかった場合の事故など、頭を打ちやすい類型の事故で発症することが多いです。
高次脳機能障害の具体的な症状はさまざまですが、以下のような症状によって判断能力が低下したり、ほとんどなくなったりすることもあります。
- ・過去のことを思い出せない
- ・新しいことを覚えられない
- ・聞いたことを理解できない
- ・見慣れた者や知人の顔を見ても認識できない
- ・意識が低下する
高次脳機能障害による「著しい精神障害」で後遺障害等級の1級~3級に認定された場合は、自分のことを自分で行うだけの判断能力を失っているため、成年後見が必要です。
「精神障害」で5級、7級、9級のどれかに認定された場合は一応の判断能力が残っているため、成年後見が必要かどうかは症状の具体的な程度によって異なります。成年後見ではなく、保佐または補助が必要なケースもあります。
【参考】:高次脳機能障害の慰謝料相場とは?算出基準から慰謝料の増額事例まで解説
遷延性意識障害
遷延性意識障害とは、いわゆる植物状態のことです。具体的には、脳の全部または広範囲にわたる損傷により、次の6つの症状が3ヶ月以上続く場合に、遷延性意識障害と診断されます。
- ①自力で移動できない
- ②自力で食事ができない
- ③糞便を失禁している
- ④意味のある言葉を発することができない
- ⑤簡単な命令に従うこと以上の意思疎通が不可能
- ⑥目でものを追うことができても認識はできない
遷延性意識障害も高次脳機能障害と同様に、交通事故で頭部に強い衝撃を受けることで発症することがあります。
遷延性意識障害と診断されると、通常は「著しい精神障害」として後遺障害等級の1級1号(要介護)に認定されます。植物状態であり、自分のことを自分で行うことがまったくできないので、成年後見が必要です。
【参考】:遷延性意識障害(植物状態)とは?請求項目と慰謝料・賠償金を増額するためのポイントを解説
【参考】:後遺障害1級とは?主な症状や認定基準、慰謝料相場について
交通事故のケガで成年後見が利用できないケース
逆に言えば、交通事故に遭っても意識障害や判断能力低下などの後遺障害が残っていない場合、成年後見は不要です。また、身体上の障害だけが残った場合も、成年後見制度は利用できません。
さらに、被害者が20歳以上の成人であることも制度利用の条件となります。未成年の場合は親が親権者となるため、成年後見制度の対象にはなりません。
成年後見が必要な理由
1.被害者本人に代わって損害賠償請求や後遺障害等級認定の申請を行うため
遷延性意識障害や高次脳機能障害などで判断能力が欠如ないしは低下している場合、被害者本人が損害賠償請求や後遺障害等級認定の申請を行うことはできません。
これらの手続きは被害者が行うものであるため、本人に代わって行える法定代理人の存在が必要になるのです。
2.加害者側からの不当な提案に基づく示談を避けるため
交通事故の影響で正常な判断ができないなかで、加害者側から不当に低い慰謝料や損害賠償で示談するよう持ちかけられる可能性があります。
このような不当なケースを阻止するため、正常な判断力を持ち適切な手続きを進められる成年後見人が必要となります。
成年後見人の役割
成年後見人の役割は、被害者本人の財産を適切に維持管理することです。まずは本人の財産状況を明らかにする財産目録を作り、家庭裁判所に提出します。
その後、今後の計画や収支予定をたてて収入・支出を記録し、必要があれば本人に代わって施設や介護サービスの利用契約を結ぶこともあります。
成年後見人には、本人の意思を尊重し、心身の状態や生活状況に配慮しながら仕事を行うことが求められます。また、家庭裁判所へ定期的に報告し、必要な指示を受けることも仕事のひとつです。
成年後見人に選ばれた人は、たとえ親族であっても他人の財産を預かっているという意識を持って業務にとりかかる必要があります。当然のことながら、自らの利益のために使用することは認められません。
<※注意点>
弁護士などの第三者が成年後見人に選ばれた場合、夫婦や親子であっても被害者本人の財産に関与することはできません。必ず成人後見人へ依頼し、手続きをしてもらう必要があります。
交通事故の成年後見で弁護士ができること
交通事故の成年後見で弁護士ができることは、以下のとおりです。
- ・成年後見人選任の申立てのサポート
- ・後遺障害等級認定申請の代行
- ・保険会社との示談交渉の代行
- ・裁判(損害賠償請求訴訟)手続きの代行
成年後見制度を利用するためには、家庭裁判所への申立てが必要です。その際には数多くの書類を集めなければならず、家庭裁判所での面談や審問において的確に事情を説明する必要もあります。
弁護士は、被害者のご家族に代わって、成年後見人選任の申立て手続を代行することが可能です。
弁護士が成年後見人に選任された場合には、弁護士が被害者本人に代わって、後遺障害等級認定の申請から保険会社との示談交渉、必要であれば裁判手続きまでを行うことができます。
つまり、被害者本人に成年後見人が必要となった場合には、損害賠償請求に必要なすべての手続きを弁護士に任せることが可能です。
交通事故の成年後見を弁護士に依頼するメリット・デメリット
交通事故の成年後見を弁護士に依頼すれば大きなメリットが得られますが、いくつかのデメリットもあります。以下で、メリットとデメリットを具体的にみていきましょう。
メリット
交通事故の成年後見を弁護士に依頼することで得られるメリットは、以下のとおりです。
- ・被害者の家族が面倒な手続きを行う必要がなくなる
- ・適切な後遺障害等級の獲得が期待できる
- ・慰謝料を弁護士基準で請求してもらえる
- ・早期解決が期待できる
特に、適切な後遺障害等級の獲得と、慰謝料を弁護士基準で請求することによって、賠償金の大幅な増額が期待できます。
重度の後遺障害で入院生活や介護施設での生活が長続きすると、ご家族の経済的負担も重くなるでしょう。
弁護士は成年後見人選任の申立てから保険会社との示談交渉までを迅速に行いますので、早期に多額の賠償金を獲得できる可能性が高まります。
デメリット
成年後見を弁護士に依頼するときには、次のようなデメリットに注意が必要です。
- ・費用がかかる
- ・被害者本人の財産を自由に処分できなくなる
- ・ご家族が自ら被後見人の身上監護をできなくなる
成年後見人選任の申立て手続きを弁護士に依頼するには、弁護士費用がかかります。その金額は弁護士によって異なりますが、数十万円ほどかかることが多いでしょう。
また、弁護士が成年後見人になった場合には、月額にして3~5万円程度の報酬が継続的に必要となります。ただし、以上の費用は交通事故と相当因果関係のある損害として、加害者側への請求が認められています。
また、弁護士が成年後見人になった場合には、その弁護士が被害者本人の財産を管理します。
そのため、ご家族は、被害者本人の入院費用や介護サービス費用などを支払う場合でも、被害者本人の財産を使うためには弁護士を通さなければならないという手間がかかります。
この手間を回避するためには、ご家族が成年後見人となり、被害者本人の法定代理人として弁護士に損害賠償請求を依頼するという方法もあります。
誰が成年後見人となるのかは家庭裁判所がケースバイケースで決めることですが、例えば
交通事故など人身障害の損害賠償事案では、賠償金の取得見込額が1,000万円以上である
場合、後見裁判所は、ご家族ではなく専門家を後見人とすることを求めてきます。
この場合でも、専門家には財産管理だけを委ね、ご家族が身上監護を受け持つ後見人となることもできます。
弁護士はご家族の要望に添って申立て手続を行いますので、申立て手続ご依頼の際に要望を
伝えることで、ご家族が身上監護後見人に選任される可能性を高めることができます。
また、専門家である後見人の業務を財産管理に限定することにより、後見費用を減らすこと
ができ、後見人となったご家族自身は身上監護後見人としての報酬を受け取ることが可能となります。
こうしてみると、交通事故の損害賠償請求や成年後見の手続きに慣れた弁護士に依頼することで、デメリットを回避できる可能性が高いといえます。
まとめ
交通事故の影響で被害者の判断能力が失われた場合は、本人に代わって財産を管理する「成年後見制度」の利用を検討することになるでしょう。
成年後見人は家庭裁判所によって最も適任とされる人物が選ばれ、選ばれた人は被害者本人の意思を尊重しながら財産を適切に管理したり、必要な場合は契約の締結をしたりと、本人の権利を守る役割を担っていきます。
たとえ成年後見人が親族であっても、被害者本人の財産を私的な理由で使用してはいけません。財産を預かっているという意識と責任を持ち、適切に維持管理していくことが大切です。
オールイズワンは、高次脳機能障害、遷延性意識障害豊富な経験と実績を持つ法律事務所です。ご家族の成年後見の問題でお悩みでしたら、お気軽にご相談ください。